ムガル帝国誌(一)(二)
2011-02-09


ムガル帝国誌(一),ベルニエ著,関美奈子訳,2001.11.16.第1刷,青482-1
ムガル帝国誌(二),ベルニエ著,倉田信子訳,2001.12.14.第1刷,青482-2


 17世紀半ば、己の好奇心に従って、フランスからはるか遠くインドのムガル帝国へ旅に出た哲学者ベルニエによる、ムガル帝国についての見聞録。この頃のムガル帝国は、かのタージ・マハルを建造したシャー・ジャハーンから、息子へ権力が移譲する、ムガル帝国最盛期(そして滅びを前にした)時代だった。
 見聞録は、シャー・ジャハーンの息子四人が、帝位をめぐって陰謀と戦争を繰り広げ、ついに三男アウラングゼーブが完全に帝位を手中に収めるまでの政変の記録から始まり、ムガル帝国の政治経済や文化、カシミール王国への行幸とかの地の描写、インド独特の風習の紹介など、バリエーション豊かで飽きない。
 特に(一)の「ムガル帝国の大政変」は、四人の兄弟による駆け引きと争い、権謀術策の連続で、よくできた歴史物語という趣である。
 象を繰り出しての戦い、王が国家の全てを所有し、王とともに都市まるごとが移動していく壮大な行幸、夫とともに寡婦が焼かれる悲惨な風習、さわやかなライム水や甘い砂糖漬け、息をさわやかにするビンロウや敗れた王族を始末する罌粟の麻薬ポーストなど、ザッツ・ファンタジーとも言うべき数々の風景を楽しむためだけでも、この本を読む価値はある。
 この見聞録で描写される、王が国家の土地財産を全て私有する政治形態の欠点と国土の荒廃は、注釈にもあるがベルニエの政治的イデオロギーによるものだろう。モンテスキューやマルクスに引用されて、この本はインドの正確な描写として権威化されていったようだが、そういうところはあまり気にせずに、ひとりの人間の目に映った異国の情景を素直に味わい、それ以上の教訓を無理矢理引き出さないことが、この本の味わいのような気がする。
[岩波文庫を読む]

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