2005-06-28
考えてみれば、私が生きているかどうかなんぞ、全く大した問題ではない訳なのですが。
とは言え、たぶん何か意味があってここに在るはずで、その意味が何なのかは生涯知ることはないのかも知れないけれど、とりあえずは全うせねばなるまい、とは思うのです。
とりたてて世間様に貢献できるような美徳があるでなし、むしろ失敗と迷惑に彩られた人生を歩んでいる私ですが、水がなければ生きていけないのと同様に、書いていなければ生きていけないので、このようにやくたいもない言葉を連ねることで、生存の信号としておこうかと思う次第です。
このような私でも、一応生死や健康を心配してくれる、心の広い知人もおりますので、以後当分は、こちらでその辺り確認していただければ幸いです。
近頃思うのは、悩み事を人に相談するのが下手になってきたなぁということです。
周りの人は忙しく、重い責任を負う立場に就く年齢になってきたのに、翻って私の方は、年を追うごとにますます厄介な人格になっていきます。今の私が悩み事を相談するとしたら、たっぷり六時間くらはかかるのではないかと思うのです。そして複雑な人間関係にからめとられて、言ないことは増えていきます。
まぁ、とりあえず「書く」ということにはそれなりの自己治療力があると思うので、少しずつ解きほぐしていけるとよいですね。
セ記事を書く
セコメントをする