絵のない絵本
2011-01-14


絵のない絵本,アンデルセン作,大畑末吉訳,2009年12.25.第71刷(1953.10.5.初版,1975.11.17.改版),赤741-3

 貧しい絵描きが、月が語る物語をそのまま言葉にした、という枠組みの中で繰り広げられる物語集。ひとつひとつは数ページの、ごく短いもので、しかも「物語」として見た時には、決しておさまりのいいものばかりではない。説明が全くなかったり、いきなり断ち切られていたり、一瞬の情景描写のみであったり。物語や小説というよりも、まさに一枚絵に近い。けれど「語らないことで全てを語る」ということに成功しているのも、確かである。
 深く痛烈な悲劇、甘やかなエロス、愛らしい日常、ジョークのようなオチ、ありとあらゆる種類の人間の断片があり、そしてそれらは全て、「月」というはるかな高みから見下ろす一瞬の出来事に過ぎないという(ある意味では冷ややかな)いかにも芸術家らしい作品だ。

 私個人は、第五夜と第十六夜、そして第十九夜が印象に深いけれど、この物語たちは、普通の小説のように深く書き込まれていたら、とても読めないと思う悲劇である。だから、私はもしこの作品の中で一番を選ぶとしたら、微笑ましい第三十三夜を選ぶと思う。
[岩波文庫を読む]

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